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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1059号 判決 1968年3月05日

原告 中村洋二

右訴訟代理人弁護士 大橋勝治

被告 株式会社田島自動車

右代表者代表取締役 田島広嘉

右訴訟代理人弁護士 森川幸吉

主文

被告は原告に対し金六九六、六三七円およびこれに対する昭和四二年二月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金六九八、一九三円およびこれに対する昭和四二年二月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因および被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一、(事故の発生)

原告は、昭和四一年九月三日午後九時三〇分ごろ、普通乗用車(六五年いすずベレット以下被害車という)を運転して東京都足立区小右ヱ門町一〇九番地先の交差点において赤信号に従い停車していたところ、被告の被用人である訴外秋間武雄運転の普通貨物自動車(ジュピター、以下加害車という)が被害車の後方から進行して来て原告車に追突し、原告はその衝撃により頸椎打損傷兼外傷性癲癇の傷害を受けた。

二、(損害)

(一)  入院および通院治療費金四二三、一九三円

原告は前記傷害により昭和四一年九月六日から同年一一月二五日まで駿河台日本大学病院に入院し、同月二六日から右病院および板橋日本大学病院に通院して治療を受けたが、昭和四二年一月三一日右傷害の後遺症によるてんかんの発作を起して駿河台日本大学病院に同日から同年二月七日まで入院して治療を受け、その後も通院治療を継続している。

右入院および通院治療に要した費用は薬品代を含め金四二三、一九三円である。

(二)  休業による損害金七五、〇〇〇円

原告は自家営業の特殊印刷業に従事しているが本件事故による傷害のため昭和四一年九月四日から昭和四二年一月三一日まで約五ヶ月間稼働することができなかった。事故発生当時の原告の平均月収は金一五、〇〇〇円であったから、右の期間稼働したとすれば少くとも金七五、〇〇〇円の収入を得ることができた筈であるのにこれを失った。

(三)  慰藉料金七〇〇、〇〇〇円

原告は、本件事故により約八〇日間の入院を必要とする傷害を受け、それによる苦痛も甚大であったが、現在もしばしば癲癇の発作に見舞われ、言語障害、頭痛、作業時の疲労感などの後遺症に悩まされ、かつ今後少くとも一年間治療の継続を必要とするとの医師の診断を受け、その憂悶は計り知れない。以上の精神的苦痛に対する慰藉料は金七〇〇、〇〇〇円が相当である。

三、(被告の責任)

被告は自動車修理業者で、加害車は訴外関根実の所有であるが、事故当時被告が右訴外人から修理を依頼され、修理中のものであり、訴外秋間は被告の被用運転手で、事故時は被告の業務執行中であったから、被告は運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条により損害を賠償する責任がある。

なお右事故は被害者が赤信号に従い尾灯で合図をしながら停車中のところえ加害車が追突したもので、訴外秋間に前方不注視の過失があったことは明らかである。

四、ところで原告は自動車損害賠償責任保険から金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けたので、前記損害合計一、一九八、一九三円からこれを控除し、残額金六九八、一九三円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四二年二月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五、被告は、自己は自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者ではなく、仮りに運行供用者であるとしても、加害車の保管管理に手落ちがなく、被用人である訴外秋間の無断運転であるから賠償責任がないと主張する。しかしながら、

(一)  被告は訴外秋間を工員として使用していたもので、しかも同訴外人は自動車運転免許を持っていて、被告の自動車(整備のため預った車も含め)をなんらかの形で運転使用することを通常承認されていたのであって、職務内容が専ら運転者でなかったというにすぎない。

そうすると、被告において訴外人の車の使用について特別に禁止するという事情もなかったのであるから、本件事故当時訴外人が車を持ち出した動機方法は一応論外として被告に運行供用者としての責任はあるものというべきである。

(二)  次ぎに被告は訴外人がエンジン直結の方法で車を持ち出し友人の住居移転に無断使用したその主張は原告の全く周知しないところである。

仮りにそのような事実があったとしても訴外人は被告と雇傭関係があり、被告の車輛を運転使用できる立場にあった以上、訴外人としては被告から持ち出した車も自ら責任をもって使用し、運転しているのであって、通常の職務の範囲から完全に逸脱しているということはできず、外形的に観ると被告のため運行ということができる。

また車の保管管理が徹底していたとするならば、訴外人が車を持ち出した際に会社内の何人かが気付いて注意を与えるのが普通である筈で、そのようなこともなく容易に外部え持ち出したということ自体少くとも使用者として必要な監督義務の懈怠があったものというべきである。

以上の諸点からみて被告の責任は免れない。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁および主張として、次のとおり述べた。

一、請求の原因第一項中、事故発生の状況は認めるが、傷害の部位程度は不知。

二、第二項の損害についてはいずれも不知。

三、第三項中被告が自動車修理業者であり、加害車が事故当時被告がその所有者である訴外関根実から依頼されて修理中のものであったことは認めるが、被告が運行供用者であること、訴外秋間が被用運転手で被告の業務執行中であったこと、同訴外人に過失のあったことはいずれも否認する。

訴外秋間は事故地点から一〇〇米手前で信号をみてブレーキをかけ、時速一五粁に減速したうえ、三〇米手前で改めてブレーキをかけたが降雨中のためスリップし、さらに二、三度ブレーキをかけたが停止せず追突したもので、右事故は降雨による不測の事故である。

四、第四項中原告が自動車損害賠償責任保険金五〇〇、〇〇〇円を受領したことは認める。

五、被告は自動車の整備を業とするものであって運行供用者ではなく、また訴外秋間は自動車の修理に従事しているもので、自動車運転者ではない。

仮りに被告が運行供用者であるとしても右訴外人は被告の許可なくエンジン直結の方法で加害車を持出し、友人の引越しのため無断で運転使用したもので、被告の業務ではなく、かつ被告会社では事故当時常に全車輛のエンジン鍵を終業時厳重に保管する規則が徹底し、車輛の保管管理の面において手落ちがなかった。

したがって被告に損害賠償の責任はない。立証≪省略≫

理由

一、(事故の発生)

原告主張の日時場所で、停止中の原告運転の被害車に訴外秋間武雄運転の加害車が後方から追突したことは、当事者間に争いがない。

二、(被告の責任)

加害車が訴外関根実の所有で、被告が同訴人から修理を依頼され保管中のものであったことは被告の認めるところであるから、被告は支配喪失の事実を立証しないかぎり加害車の事故時における運行を支配していたものとみるべきで、運行供用者としての責任を免れることはできない。

被告は、訴外秋間が加害車を私用のためエンジン直結の方法で被告に無断で持出し運転中本件事故を惹起したものであると主張し、≪証拠省略≫によると右の事実が認められるが、同訴外人が被告の被用人であることは当事者間に争いがなく、また右証言によると、同訴外人は友人から引越し荷物の運搬を頼まれ、車輛を借りようとして被告会社の工場に赴いたが、誰もおらず、鍵を借りることができなかったためエンジン直結の方法で加害車を持出したもので、加害車に対する被告の支配を終局的に奪う意図ではなく、使用後は返還するつもりであったことが認められるから、たとえ私用のため無断でエンジン直結の方法によって乗り出したとしても、同乗出しによって被告の加害車に対する支配が失われたものとみることはできない。

したがって、被告は運行供用者として本事故により原告の蒙った損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

なお被告は訴外秋間の過失を否認し、本件事故は降雨による不測の事故であると主張するが、降雨のためスリップしたからといって無過失となるものではなく、他に訴外秋間の無過失を証する証拠はなんら存在しない。

三、(損害)

そこで損害について判断する。

(一)  入、通院治療費

≪証拠省略≫によると、原告は本件事故により頸椎打損傷兼外傷性癲癇の傷害を受け、昭和四一年九月六日から同年一一月二五日まで都内千代田区の駿河台日本大学病院に入院して治療を受け、退院後は右病院および日本大学板橋病院に通院して治療を受けたが、二、三度癲癇発作が起きたため、昭和四二年一月三一日から同年二月七日まで駿河台日本大学病院に再入院して治療を受け、その後同年七月まで通院して治療を受けたが、その間の治療費として、駿河台日本大学病院に合計金四〇九、二六八円、日本大学板橋病院に合計金六、九九九円、発作が起きたとき治療を受けた弘中外科医院に金一、六〇〇円、薬品購入のため金三、七七〇円、以上合計金四二一、六三七円を支払い、同額の損害を蒙ったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  休業補償

≪証拠省略≫によると、原告は兄の経営する特殊印刷業を手伝い、事故当時食費抜きで月金三五、〇〇〇円の給料を得ていたが、本件事故後は稼働できないため給料の支給を受け得ず、昭和四二年九月頃から漸く月金一五、〇〇〇程度の給料を得ていることが認められるから(他に右認定を左右する証拠はない)、昭和四一年九月四日から昭和四二年一月三一日まで月一五、〇〇〇円の割合による合計金七五、〇〇〇円の休業損害の支払を求める原告の請求は理由があるものというべきである。

(三)  慰藉料

≪証拠省略≫によると、原告は前記二度目の退院後も癲癇の発作が起きており、本件受傷によって多大の精神的苦痛を蒙ったことは容易に推認されるところであって、事故の態様その他諸般の事情を斟酌するならば、原告に対する慰藉料は少くとも金七〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。

四、したがって、被告は右合計金一、一九六、六三七円の支払義務があるところ、原告が自動車損害賠償責任保険金五〇〇、〇〇〇円を受領したことは原告の自陳するところであるから、これを控除すると残額は金六九六、六三七円となる。

五、以上の次第で、原告の本訴請求中金六九六、六三七円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四二年二月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、右の限度でこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎)

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